初期のWizardryが日本では妙にシリアスな風潮は、いつ頃あたりから始まったものなんですかね

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近々引っ越しを控えているので週末はそれに向けて準備をしたいものの、まだ住む場所すら決まっていない状態なので、現状できることといったら不要品の整理くらいだったりする。そうなると、片付けの際に懐かしい物品が出てきてハマってしまうというのは、定番のお約束ではある。

The Ultimate Wizardry Archives

今回出てきた物件はこちら、Wizardryのマニュアルである。15年ほど前にリリースされた、「The Ultimate Wizardry Archives」という英語版Wizardryのシナリオ#1から#7までを収録したコレクションに同梱されていたもので、#1から#7までの全作品のマニュアルが一冊にまとまっている。ゲーム自体の方は、PC-DOS版のゲームをWindows上でエミュレーションして動作させていたものだったと記憶しているが、当時ですら「いまさらDOS版はつらいなあ」ということで実際にはプレイしていなくて、もっぱらこのマニュアルだけ眺めていたような気がする。


初期のWizardryのマニュアルを見ていて思うのは、非常にノリが軽いということ。もちろん全部英語で書かれているので、私には英文のニュアンスを汲み取れるほどの英語力はないけれど、挿絵のイラストだけ見ていてもノリの軽さは感じ取れる。

A character with an AC of -10 is about as well armored as a Sherman Tank.

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文面にしても、例えばチュートリアル的な章の最初の一文はこんな感じで始まる。

Playing Wizardry for the first time is like kissing for the first time - you want to do it right, and you’re not quite sure exactly what you are supposed to do.

(適当訳: 初めてWizardryをプレイするのは、初めてのキスに似ている――うまくやりたいけど、何をすればいいのかよく分からない)

この後、高名な冒険者であるところのHawkwind卿によるレクチャーが始まるわけだが、これも実に軽妙な感じの文体で綴られている。


こういった軽いノリを新鮮に感じるのは、日本における初期のWizardryのシリアスな雰囲気に自分としては馴染みがあるからであるのだが、この「日本的Wizardry」の世界観というのは、いつ頃から確立したものなんだろうか。“Blade Cusinart”が「ミキサー」ではなくて、「伝説の名工カシナートによる剣」であるような、そういう感じの世界観。

東急ハンズで見かけたCuisinart社のブレンダー

考えてみれば、Wizardryはゲーム本編もかなりの悪ノリとジョークに溢れているわけで、なぜこれが日本では正統派ファンタジーという扱いになったのか不思議ではある。まあ、(私も含めて)多くの日本人はCuisinart社のフードプロセッサーとかモンティパイソンとか知らないにしても、そもそも剣と魔法の世界にニンジャだのサムライだのいる時点でだいぶおかしい。現在ではJRPGの世界において忍者や侍といった存在は一般的すぎて違和感もないけれど、言うなれば職業に「ゲイシャ」や「スモウレスラー」がいるようなものではなかろうか。今でいうところのいわゆる「バカゲー」的な扱いを受けたとしてもおかしくはなかったところではある。

やっぱりファミコン版のWizardryがシリアスな流れを確定させたのかなあ。末弥純のグラフィックに、羽田健太郎のBGM。私自身も初めてのWizardryはファミコン版なので、それ以前の時代は知らないんよね。ファミコン版リリース以前の、PC-8801とかPC-9801などのパソコン版の頃はどんな扱いだったんだろうか。あるいは、Apple II版にいち早く手を出していた層の間ではどのように映っていたのか。当時のパソコン雑誌とかでのWizardryの記事を見てみたいところではある。